介護体験で闇を感じたので体験談を書き綴っていく 1

 どうも、ディーン(仮です

 

3月1日に成績表見たら、

介護体験実習の単位が容赦なく叩き落されていてチョびりました。

 

大学って非情だよね…

 

でも同時に無理やりあの血のにじむような自己鍛錬の日々

を思い出す機会になったことを今ではとても感謝している。

 

 

あの日々を決して無駄にしないよう、そして今後後に続く後輩たちのために忘れる前に日々のことを書き綴っていこうと思う。

 

ちなみに今回かかせていただくのは知的障がいをもつ方々の施設での体験である。

 

もちろん、特定させないよう、具体的な部分は伏せさせていただく。

 

*ですます調極度に面倒くさいので この厨二臭い書き方で許してください

 

~介護体験実習~

実習生の朝は早い。

 

平均起床時間10時の自分にとって朝6時半の起床は地獄以外の何物でもなかった。

 

大学生の夏休みに朝の6時半起床のこの想像を絶するつらさが

 

あなたに想像できるだろうか?

 

たとえるなら、ディズニーランドに友達と仲良くいったのに一人だけ黙々と勉強してる例の東大生レベルにつらい。

 

とにかく、自分はこの仕打ちは確実に施設と大学がグルになって大学生に

 

「やる気のねえやつは教職やめちまえ、バカヤロウ」 

 

って追い打ちをかけるためのものだと解

釈した。

 

売られたけんかは買うしかない。

 

バックレようという悪魔のささやきを50回ぐらい振り払いながら

 

僕は施設に向かう。

 

この時点で僕は精神的に少しおかしくなっていたことにあまりきづいていなかった。

 

 

めずらしく遅刻をせず、施設に到着した。

他の実習生は来ていない。

話によると実習生は自分のほかはひとりだけらしかった。

この話を聞いた時、自分が何を期待したか勘のするどい人間だったらわかるだろう。

 てゆうか男だったらだれでも期待するはずだ。

 

 

可愛い実習生がくるんじゃないかと。

 

 

 

 

でも予想はことごとく裏切られてしまったんだ。

開始時間ぎりぎりに来たのは、自分と似たような男だった。

 

この時の絶望感を味わうことは人生に1度、2度ぐらいしかないだろう。

 

いいかい、5日間なんだ、5日間の相方が男と、女子じゃあ、天国と、地獄レベルに違う。

 

そして、テンションがガタ落ちしたあとに始ったのは車いすのタイヤにカバーを付ける

作業だった。

 

何してんだ、こいつらみたいな視線に耐えながら

ただ黙々とタイヤカバーをつけていく作業。

 

労働の対価はゼロ。

NEWSゼロのオープニング曲が頭のなかに鳴り響く。

 

おれはいったいこんなところで何をしているんだーーーーー。

 

タイヤカバーを付け終わったあと、職員と利用者の方々が集まり、実習生による自己紹介タイムにはいる。

 

一番の苦痛はこの時間であった。

自己紹介の自分への反応が異常にまで薄すぎるーーー

確かに、おもしろみのない種類の人間だということは薄々感じていたが、

明らかに興味のない反応はやめろよ。。

めちゃくちゃへこんでしまった。

 

そして、相方への反応がなぜかめちゃくちゃよい。

ドルオタかなんだか知らないが、その趣味をうまくひけらかした。

コミュ強オタク、確実におれの苦手なタイプである。

 

この時点で自分が精神的にかなりやられていることは想像に難くないだろう。

自分の心の中を埋め尽くしていたのは「帰りたい」ただそれだけだった。

精神的に余裕があったらセキスイハイムのあの曲が頭の中に流れていたと思うのだが

そんな余裕はなかった。こんな切実に帰宅を希望したことは場違いなサークルの新歓に行ったとき以来である。

 

いま、これを書いている瞬間もちょっとあの頃を思い出してつらい。

文面だけだとこのつらさを表現するのは本当に難しいのだが、

何をすればいいのかわからないもどかしさとか、

自分がいる必要のなさとか、利用者の冷たい(?)視線とか、

なれない雰囲気とかそういうのすべて込みで居心地の悪さしか感じなかった。

 

その後、昼食の手伝い(椅子だし、コップ、皿洗いなど)を行い、

午後の活動をにこにこしながら(ぜったいできていなかった)みて、

タイヤカバーをとって利用者を見送ってその日は終了した。

 

~まとめ~

この日を振り返って思ったのは、「あ、おれ介護、福祉施設では働けねーな」ってことだった。

だからこそ、少子高齢化で介護の需要が高まっていく日本で介護以外の方面で自分の適職を必死で探さなければいけないということを痛感した。

 

そして、もう一つ実感したのは、自分は今使える能力を持て余しすぎているということだった。

人間は失ってやっとそのありがたみが分かるとはよくいったもので、こういうことになかなか気づかない。

深くものを考え、何かを書き、話すこと、自分がしたいように行動し、運動することができるのは当たり前なようで、決して当たり前ではないということ。

それを失礼な話だが、障がいをもつ方と接してやっと理解した。

 

この気づきを無駄にしないよう、自分の持ちうる能力を日々全力で使い切っていきたいと思う。

 

*実際はいうほどつらくないと思うので、来年介護実習をする人は教職あきらめないで頑張ってください笑